ヨーゼフ、クー、メイを狭山湖へ 
  2021.08.10(火)
天気:晴れ 
8月10日(火)、今日はおかーさんが朝から外出していません。
お昼過ぎには帰宅するのですが、その間私も出かけようと思いました。
この日は相当暑い日で10時過ぎには猛暑日と言われる日でした。

肩掛けバッグにコンパクトカメラとおやつと飲みものを入れハスラーに乗りいざ出発。距離は
20kmに満たない近さ。時間にして20分ぐらいか。
公園隣接の駐車場に着くと、10時頃だったけど何台か止まっている。
いつもならメイを降ろしておかーさんとバッグを担いで出発するのですが、今日はひとりで寂しく出発。やっぱりメイの存在は大きかった。今更ながらに思いました。

いつも休む東屋まで歩く。眩暈がほとんどしない。大分改善されてると感じた。
これはメイが亡くなってから気付い事です。「自分が思うにはひょっとしてメイが眩暈を持って行ってくれたのだろう」と思うと何となく納得できてしまう。
確かに、何の根拠もないですけど、およそ非科学的ではある。非科学的なことは余り信じない自分としては容易に受け入れられないと思うのですが、メイのやさしさを考えるとやっぱそうなのかなと思ってしまう自分がいました。

メイを火葬した日もここに寄ったのですが、いつもみんなで見た富士山は見えませんでした。富士山はクーの時(1月でした)だけ見えたのですが、ヨーゼフの時も見えませんでした。果たして今日はどうなのか?
東屋に着くといつも休むベンチには先客が1名。残念だけど、その隣のベンチに座りました。湖越しに目を向けると厚い雲から山頂部が顔を出している。
あまり期待は出来なかっのですが、ちょこんと顔を出してくれた富士山に会えるとヤッターの気持ちでした。メイだけでなくヨーゼフとクーにもこの条件の悪い夏の日に見る事ができ感激です。
みんな、見えたでしょう?
冬ならもっと奇麗な富士山が見られたけどね。でも富士山見られて良かったね。

いつも朝の散歩に行くとき、先におかーさんと階下に下りているメイ。
支度をした私が階段を下りていくと、必ず階段の下で上を見上げ、尻尾をフリフリ
待っていた姿。
ソファに寝て「メイ、おやつだよ」と言うと、私の脚の間に伏せして私を(おやつ?)ジッと見ているメイ。
昭和記念公園の原っぱで、マテをして遠くへ離れた私の「オイデ」の声を聞くや否やダッシュで駆け寄ってきてくれたメイ。
お留守番をした時、私たちが帰ってくると玄関のガラスに顔を触れんばかりに寄せてどこに行ってたのとばかりワンワン吠えたメイ。玄関に出られなかったときにはダイニングのドアのガラスからお帰りと尻尾を振っていた君はもういない。

11歳と半年。突然訪れた死。そしてあまりにも早い旅立ちでした。
もうその姿を見ることは敵いません。
でも心の中にはいつもヨーゼフやクーと一緒にいます。


 
我が家の3兄弟。狭山湖の東屋で。
 

雲の中からチョコと顔を出した富士山。

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